波に乗るための道具は、プロダクトではなく、クラフトであることが望ましい。


クラフツマンが継承し、創造するものは、物理的に存在する物体ではなく、その創作物に内在するスピリッツであり、心である。
不思議なことに人は、単なる物質から、この作り手の心を感じとる能力を持ちあわせている。
作り手の心が宿ったものにどれほどの価値があるのかを、私たちは理解できるのである。
たとえば、同じ酒をプラスチックのカップで飲むのと、熟練の職人が丹精を凝らしたグラスで飲むのと、どちらが味わい深いか…。
中身は同にも拘らず、私たちはその違いを明確に感じることができる。

サーフボードも同様だ。水に浮き、波のフェイスを滑り、サーフィンに必要なファンクションを備えていれば、それは機能するサーフボードといえるだろう。
ただ、作り手の魂を感じることができなければ、それは単なるプロダクトでしかない。
だがそこに、クラフツマンが込めた深遠なる何かを見ることができるなら、それはサーフボードという物体を超越した価値をもつ、形而上的な存在となる。

大切なのは、ものごとの内包的な価値を知覚する感性だ。
波に乗る行為は、波のエネルギーとサーファーの意気が共鳴する、極めて情緒的で超常的な体験である。
この体験から享受する感覚にこそ、サーフィンの本質がある。

本質を知る感性をもつ者は、作り手の精神が注ぎ込まれたクラフトの価値をも感知する。
けだし、サーフィンの世界からクラフツマンシップが失われることのない所以であろう。
Text by Takashi Tomita